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ジヴェルニー「モネの家と庭」
「ジヴェルニー」は、印象派を代表する画家「クロード・モネ」が人生の後半を過ごした街です。
モネが生涯描き続けた睡蓮の池があります。
睡蓮の池は天然のものではなく、セーヌ川から水を引くという大掛かりな工事をしてモネが作ったものです。
絵に描かれているままの風景なのですが、「池」と表現される割りにはかなり大きく、実際に見ると驚く人が多いようです。
モネが住んでいた家も当時のまま保存され、公開されています。
鮮やかな色で美しく整えられた各部屋、日本贔屓のモネが集めた浮世絵コレクションなど、画家モネの日常を想像させるもので満ちています。
モネが好きな人なら、あるいは、モネ限定でなくても印象派全般が好きな人なら、睡蓮の池だけでもおおいに見る価値があると思います。ジヴェルニーは、距離的にもパリから日帰りで出かけるのにちょうど良く、ちょっとした遠足気分も楽しめます。
ジヴェルニーに行った後は、睡蓮の大作があるオランジュリー美術館の他、オルセーやマルモッタンなど、モネ作品を所蔵するパリの美術館を訪ねてみてください。ジヴェルニー見学前とは違った視点から作品をとらえることができ、絵画鑑賞が一層充実すると思います。
(*なお、ジヴェルニー見学は夏季限定。11月〜3月はお休みです。)
ジヴェルニーへのアクセス
場所は、パリから西へ約80km。パリからの所用時間は1時間強です。
鉄道の最寄り駅(ヴェルノン)からモネの家までは、バスを使います。
行き方はそれほど難しくはないので、欧州で個人旅行の経験がある人なら、悩まずに行けると思います。
初めての人も下調べをしていけば大丈夫。
しかし、そうは言っても不安であれば、各旅行会社でオプショナル・ツアーを提供しているので、それらを利用するとよいでしょう。
個人で行く場合
パリ「サン・ラザール駅」から
国鉄SNCF/ルーアン(Rouen)行き または ル・アーヴル(LeHavre)行き
ヴェルノン(Vernon)駅下車。約45分。
ヴェルノン駅前のバス停からバス(240番)約15分。
レイルヨーロッパ ジャパン *Paris - Vernon 間も検索できます
ツアー利用の場合:VELTRA/Alan1.net
「フランス現地出発のオプショナルツアー予約専門サイト VELTRA/Alan1.net」
VELTRA/Alan1.net は、現地ツアー専門の会社です。パリ市内観光、セーヌ川クルーズ、レストラン予約、モンサンミッシェルやムーランルージュ等のナイトショーなど、考え得るあらゆるオプショナルツアーが揃っています。価格も良心的です(最低価格保証有り)。
「ジヴェルニー」に関しては、ジヴェルニーだけの半日のツアー、ヴェルサイユ宮殿とセットのツアーなど、パターンの異なるメニューが10種類ほどあります。
個人で行くのが不安な方には、こちらがおすすめです。
フランス ジヴェルニー|フランス 観光・オプショナルツアー予約専門サイト VELTRA/Alan1.net
<< 以下は、管理人が 2007年8月に、初めてジヴェルニーに行ったときの訪問記です。>>
出発は「サン・ラザール駅」から
前日の、時々小雨の混じる曇り空が、ウソのような快晴だった。
この日だけは晴れて欲しいと願っていた。パリを離れて、少し遠くまで行ってみるつもりだったからだ。
行き先として選んだのは、ジヴェルニー。パリから列車で約1時間。
モネが人生の後半を過ごした家と睡蓮の池がある。
ジヴェルニーに向かう出発の地は、パリ「サン・ラザ-ル駅」。
モネが繰り返し描いた駅として知られている。これからモネの家を訪ねようとする者の心を、おおいに盛り上げてくれる。
11:03発ルーアン行きの列車は、ほぼ定刻どおりにサン・ラザール駅を発車した。
私はまるで初めて電車に乗った子供のように、風景の全てを見ようと 2階席の窓に額をつけるようにして座っていた。
発車して10分ほど経つとパリとは風景が変わってきた。オスマン様式のアパルトマンばかりだった街並に一軒家が混在するようになってくる。
さらに5分ほど走ると、完全にオスマン様式は姿を消し、代わりに絵本に出てくるようなオレンジ色の屋根と白い壁の可愛い家が並ぶようになった。
発車から20分後には、もう完全にパリとは別世界になっていた。
集落のある地域と、森の中を列車は交互に走っていく。
時間の流れ方までが変わったようだった。
風の音・空の色
列車をヴェルノンで降りた人達は、私も含めほとんどがジヴェルニーへ向かう観光客だった。
人の流れに乗って歩いていくと、自然にバス停へ辿り着き、前の人と同じようにバスの運転手さんから往復の切符を買った。
15分ほどでジヴェルニーへ到着。
バス停からモネの家の入り口までは、さらに5分ほど歩く。
私は、帰りのバスのことが気になっていた。全ての乗客がバスから降りたのを見てから、運転手さんに帰りはどこからバスが出るか聞いてみた。
「ここから出発だよ。」
終着点が、そのまま出発点になると言う。
そして運転手さんは、手のひらサイズの時刻表を一枚、運転席のキャビネットから取り出して「最終のバスはこれだよ。」と18:25のところに赤いペンで丸印を書いてくれた。
そうこうしているうちに、同じバスに乗ってきた様々な国籍の観光客は、姿を消していた。
気付いたら、大地と空のあいだで一人になっていた。
それでもなぜか、不安や寂しさは全く感じなかった。
むしろ開放的で穏やかな気持ちになった。
木の葉を揺らす風の音が、ここで聞こえてくる最大の音だった。
「次はあれをして、これを見て•••」と気持ちばかり急いていたことに気がついた。
楽しむための旅行なのに、まるで仕事中のような心の動きをしていた。
自然の風景は、今流れる時間を楽しむことを思い出させてくれた。
そう、何も急ぐことはないのだ。
帰りは、来たバスに乗ることにしよう。
パリに戻れれば、それでいいのだから。
リラックスして周りを見回す。
気のせいだろうか。空の色が違う?
そう思った。
いや、気のせいではない。
「色」は、光によってもたらされる現象である。
光のないところに色は存在しない。まるで「影」の兄弟のように。
太陽との位置が変われば、差し込む光が変わる。
光が変われば、色が変わる。
この空の色は、いつも私が日本で見ている空の色とは違う。
でも私は、この空を知っていると思った。
モネが描く空の色だ。
本当にこんな色をしていたんだ!
草原の向こうに、日傘をさしたカミーユが見えたような気がした。
・撮影した風景 | ・モネ作「アルジャントゥイユの散歩道」 |
若い頃のモネの作品によく登場します。 |
モネの家・モネの庭
思いつく限り、どんな花も緑色の葉を持っている。何色に咲いても、緑で縁取られることで花は引き立ち、美しく見えるのだと思う。
遠くから見ると、モネの家の外壁は緑色に見えた。
この家の廻りなら、どの季節のどの花も、安心して咲くことができるに違いないと思った。
近付いてみると、実際は明るいピンクと白の壁で、窓枠と壁を覆うツタが建物全体の印象を緑にしているのだと分かった。
家の中は、色にこだわった画家らしく、部屋ごとに黄色や水色に彩られ、美しく調えられていた。
モネが亡くなってから、およそ80年が経っているが、今も古い感じはしないと思った。
いかにもモネらしい 、明るくて居心地の良さそうな家だった。
庭に入るとそこは、花、花、花、 緑、緑、緑、だった。
「咲き乱れる」とはこういうことを言うんだな、と思った。
花がたくさん有り過ぎて、どこをどんな風に撮影したらいいのか分からなかった。
花が好きだったモネは、何人もの庭師を雇ってこの庭を整えていたそうである。
「庭」というには、あまりに広い。
日本の住宅街で見かける平均的な公園よりもずっと大きいだろう。
しかも花であふれたこの庭は、観光地的な観点からとらえるとメインの場所ではなく、
前菜(…と言っては申し訳ないほど豪華だが)のようなものである。
地下の通路を通って、本日のメイン・睡蓮の池を見に行く。
睡蓮の池
風景画を見ていると「絵の中に入ってみたい」と思うことがある。もう少し現実的な表現を使うなら「画家が見ていた風景を実際に見てみたい」と言い換えてもいいだろう。
ここは、モネによって作られた人工的な池である。モネの日本趣味を反映して、柳や竹など日本的な趣を持った木が多く植えられ、池には太鼓橋がかかっている。
ひんやりとして湿気を含んだ空気には、草の匂いが混じっている。立っている私の周りは、腰の高さくらいまでアジサイやコスモスや、その他名前の分からない数々の植物が茂っている。目の前では、柳の枝が風で微かに動いている。
池に目を移すと、緑色のはずの水面は空と同じ色をしていて、くっきりと雲までも写し出している。風があるのに、空を写す鏡となった水面は少しも揺れることがなく、硬く陽光を跳ねかえす。そっとつま先を降ろしたら、向こう岸まで歩いていけるような気さえする。
睡蓮は、本当にそこに咲いているのだろうか。
私が今見ているのは逆さに写った鏡の睡蓮で、水面の下側にある睡蓮が本物なのではないか。
空は写っているのではなく、水の底に存在しているのではないか。
ふと、天地が入れ替わるような錯覚を覚えた。
晩年のモネの作品を観ていると、抽象的で逆さにしても分からないのでは?と感じることがある。
それもそのはずだと思った。
いつの間にか上下が逆さまになる だまし絵のような景色の中で、私はいつの間にか自分が絵の中に入っていることに気が付いた。
光と色彩
ジヴェルニーを訪ねて良かったと思う。
パリから足をのばした甲斐があった。
この日私は、モネが一層好きになっただけでなく、いろいろな事に納得することができた。
以前から、モネの絵、特にカミーユを描いていた頃の作品は、どうも画面が白っぽいと感じていたのだけれど、それはこの辺りの光そのものが、私が感覚として持っている光の基準より白っぽいからだと分かった。
私が育った埼玉県の田舎の陽光は、もう少し黄色味が強いような気がする。
モネに限らず、 ヨーロッパの画家が描いた 風景画を見る時、空とか山とか海などの 自然の色に微妙な違和感を感じる訳も、同じくそこに理由があるのだと分かった。
モネの家には、膨大な浮世絵コレクションが飾られていた。
この時代、日本の浮世絵に影響を受けたという画家は多い。彼等もまた、日本の画家の色使いに 自分達にはないセンスを感じていたに違いない。
パリに戻る
ヴェルノンからSNCF(フランス国鉄)でパリに戻ったとき、時刻は19:00少し前だった。
8月の日はまだ高い。
半日を豊かな緑の中で過ごした後、車窓から見える郊外の風景を楽しんできた私は、のんびりとした心持ちになっていた。
パリの雑踏に再び混じっても、その慌ただしさはどこか他人事のようだった。
*ジヴェルニー訪問記 おわり
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