「ナポレオン一世の戴冠式」戴冠式とは?
「Couronnement de l’Emoereur et de l’Imperatrice」
1805-1807年頃制作 6.29×9.26m 油彩
1804年、パリのノートルダム大聖堂にて行われたナポレオン・ボナパルトの「戴冠式」の様子を描いた歴史画です。
この絵では、冠を授けているのがナポレオンで、授けられているのは妻ジョセフィーヌです。
1804年、パリのノートルダム大聖堂にて行われたナポレオン・ボナパルトの「戴冠式」の様子を描いた歴史画です。
この絵では、冠を授けているのがナポレオンで、授けられているのは妻ジョセフィーヌです。
「戴冠式」とは、新たに即位する皇帝が、「あなたを皇帝として認めます」と冠を授かる儀式ですから、ローマ教皇からナポレオンに冠が授けられる場面になるはずです。
なぜ、作者ジャック=ルイ・ダヴィッドは、このような場面を描いたのでしょうか。
作者ダヴィッドによる巧妙な演出
冠を授けるという行為は、通常は位の高い者から低い者に対して行われます。
本来であれば、授けてもらう側のナポレオンがローマへ出向き、教皇を訪ねるところです。しかし、ナポレオンはローマ教皇をパリまで呼び寄せたうえ、教皇から冠を授かるどころか、自分で自分の頭に冠を置きました。
下絵の段階では、ダヴィッドは、自分で冠をかぶるナポレオン像を描いたことが分かっています。それが事実だったからなのですが、教皇から奪った冠を自分で頭に載せる図は、あまりにも挑戦的、独裁的で、後世に残す絵画としてはふさわしくないだろうという判断のもとに、最終段階で修正しました。
修正後の絵では、ナポレオンはローマ教皇ピウス7世に背を向け、皇后となる妻ジョセフィーヌに冠を授けようとしています。背後に描かれているピウス7世は、人指し指と中指をかざしています。
このポーズは、「受胎告知」で聖母マリアの受胎を祝福する大天使ガブリエルと同じポーズ。この手のポーズによって、教皇が皇帝ナポレオンと皇后ジョセフィーヌを祝福していることを示しました。
ダヴィッドの巧妙な演出によって、ナポレオンの人生の中でクライマックスともいえる場面は、より一層華々しいものとして表現されました。ナポレオンは、この絵を大層気に入ったそうです。
実際には出席していないナポレオンの母も描き込まれています。
作者「ダヴィッド」について(Jacques-Louis David)
作者「ジャック・ルイ・ダヴィッド」は、新古典主義を代表する画家です。ナポレオンの首席画家を務め、ナポレオンの登場から失脚までの時期、フランス画壇に君臨しました。弟子の人数は、400人を超えていたと言われます。
ナポレオンの失脚後は、亡命を余儀なくされ、ベルギーで亡くなりました。
「ナポレオン一世の戴冠式」の近くに、ダヴィッドの自画像が展示されています。興味のある方は、探してみてください。
どのような様式で表現されているか
「新古典主義」の大家・ダヴィッドの作品らしく、筆使いは緻密でなめらかです。そして、縦横に安定した、落ち着きのある、まさに新古典主義の王道ともいうべき構図がとられています。
このような筆致や構図によって、重々しく格調高い雰囲気が表現されています。
190名を越える人物はほぼ等身大で描かれ、それぞれの特徴もはっきりと見分けがつくくらいに描き分けられています。
登場人物は、主役のナポレオン、妻ジョセフィーヌをはじめ、豪華な衣装を身に着け、画面全体が華やかさで満ちています。
同じ作品がヴェルサイユ宮殿にもある?
ルーヴル美術館にあるこの作品「ナポレオン一世の戴冠式」とほとんど同じ作品が、ヴェルサイユ宮殿の「戴冠の間」にも置かれています。ヴェルサイユ宮殿にある作品は、ルーヴルの作品の複製です。複製といっても、作者は同じくダヴィッド。本人による複製です。同じ絵を複数作成することは、当時珍しいことではありませんでした。
当時の画壇においては、複製の作品は元の作品とはどこか一ヶ所以上を変えて描かなければならないという決まりがありました。
ヴェルサイユ宮殿に展示されている二作目では、画面左側に描かれているボナパルト家の女性のうち、向かって左から二番目の女性だけがピンク色の衣装を身に着けています。一作目のルーヴル版では、全員が白の衣装です。
ピンク色のドレスを着用しているのは、ナポレオンの二番目の妹「ポーリーヌ」です。
なぜポーリーヌの衣装の色を変えたのかについては、「ナポレオンが姉妹の中で一番可愛がったのがポーリーヌだったから」とか、 「作者ダヴィッドは、実は秘かにポーリーヌを想っていたから」など、諸説があってはっきりしません。
ナポレオンの姉妹は皆美しかったと言われていますが、中でもとりわけ美しく、そのうえ奔放でわがままな性格だったこともあり、ポーリーヌが最も注目されやすい女性であったことは事実のようです。
この二作目が完成したのは1822年。戴冠式からは18年が経過し、ナポレオンはすでにセント・ヘレナ島で亡くなっていました。14年越しで、ダヴィッドはこの作品を完成させました。
作者ダヴィッドが亡くなるのは、二作目完成の約2年後です。
一作目は当初からルーヴルで公開されました。
二作目は、ルイ・フィリップ時代にヴェルサイユ宮殿に置かれました。それ以後、この作品が飾られた部屋は「衛兵の間」から「戴冠の間」と呼ばれるようになりました。
ルーヴル美術館と、ヴェルサイユ宮殿の両方を訪問する予定のある方は、ぜひ、二枚の違いにも注目してください。
「ナポレオン一世の戴冠式」鑑賞のポイント
「ナポレオン一世の戴冠式」は、歴史を語る作品であると同時に、美術史的な裏話も数多く抱えた作品です。じっくり読み解くべきポイントがたくさんあるのですが、鑑賞した人に最も強い印象を残すのは、その大きさではないでしょうか。
ルーヴル美術館の所蔵作品の中で2番目に大きな絵画です。
縦6.3m 横9.3m。平米数なら約58平方メートル以上にもなります。大きな作品が並ぶこのエリア(ドゥノン翼2階 19世紀フランス絵画)の中でもひときわ目立ちます。
作品の前で見学している人たちと比較してみるとその大きさがイメージできると思います。
世界史の教科書などにも載っているので、見覚えのある人も多いと思いますが、数センチ四方の挿絵として見るのと、約60㎡の本物を見るのとは、全く異なる経験です。
つい忘れがちですが、この作品が人間が描いた絵画であるということに思いを馳せながら、この絵と向き合って欲しいと思います。
(*ちなみにルーヴルで最大の絵画、ヴェロネーゼ作「カナの婚礼」は「モナリザ」の正面に展示されています。)