ジャックマール・アンドレ美術館 Musée Jacquemart-André
ジャックマールとアンドレという夫婦が個人的に集めた美術品を公開した美術館です。建物も、夫婦が住んでいた邸宅を美術館として利用しています。
個人のコレクションではありますが、その内容の充実ぶりは国家プロジェクト並みでした。夫婦の好みから、イタリアの美術品が非常に充実しています。パリで鑑賞できるイタリア ルネサンス作品は限られますので、イタリア美術がお好きな方には、特におすすめです。
最寄り駅(メトロ9号線 St-Philippe du Roule)からは、少し歩きます。とても遠い、というほどでもないのですが、もし 22番か43番のバスが利用しやすいところに居るのなら、バスで行くことをおすすめします。バス停「Haussmann-Courcelles」で下りると、そこは美術館の目の前です。
ジャックマール・アンドレ美術館周辺のグーグルマップ
入場料は11ユーロと若干高めですが、これには音声ガイドの料金(常設展のみ)が含まれています。ガイドの説明は、とても丁寧で興味深い内容です。日本語版も用意されているので、じっくり聞きながら見学することをおすすめします。
芸術家の住居やアトリエだった建物が、美術館となった例はパリに何ヶ所かありますが、個人の収集家の邸宅とそのコレクションが公開されている美術館は、少ないと思います。「お屋敷を見学」的な楽しさも味わえます。
併設する優雅なカフェも良く知られています。
そして、年中無休の美術館としても有名です。
(1月1日もオープン!)
ジャックマールとアンドレ夫妻について
夫アンドレは、銀行家一族の相続人、妻ネリーは、もと画家です。
二人が暮らした邸宅そのものが美術館となっています。
公開されているのは、多額の資産をつぎ込んで、夫婦で収集したコレクションです。
二人が出会ったきっかけは、独身時代のアンドレが、当時既に著名な画家だったネリーに肖像画を依頼したことでした。
アンドレはボナパルト派のプロテスタント、ネリーは王党派に属するカトリックでしたが、精神的にも、また趣味の上でも一致した二人は、その後結婚に至ります。
そして、子どもがなかった二人は、美術品の収集に共同で取り組んでいきました。
一年の半分は、海外に出て美術品を収集していたというアンドレとネリー。収集するものは、飾りやすい絵画や彫刻ばかりでなく、天井画や巨大フレスコ画、暖炉、タピストリーなど多岐にわたっていました。
そのため、二人の留守中には、ネリーが秘書と連絡を取り合って、常に邸宅の改装工事が行われていたそうです。
二人が美術収集にかけた年間の金額が、ルーヴル美術館の年間予算を上回ることもありました。オークションの前には、ルーヴルの学芸員から、「我々は予算不足なので、国家のためにぜひ○○(作品名)を獲得して欲しい」と連絡がくるほどだったそうです。それでいて、ルーヴルの購入計画を邪魔しないように配慮したり、ルーヴルに贈与も行っていました。
美術品の収集については、「気に入ったものを集める」というのが二人の基本スタイルでした。
「高い値がついているから素晴らしい」と短絡的に判断することは決してなく、美術史家や学芸員など、専門家に意見を求めることも多くありました。
二人の審美眼の確かさを表すエピソードも紹介されていました。
イタリアから持ち帰ったコレクションの中で、後になってボッティチェリの作品だと判明したものがあるそうです。
夫妻、とくにネリーは、あらゆる画家の中でボッティチェリを最も高く評価していました。誰の作品かは分からずに、気に入った絵を買ってきたら、それが後にボッティチェリだと判ったというのです。
「ジャックマール・アンドレ美術館」館内の様子
邸宅内では16の部屋を見学します。美術館として考えると、部屋数16というのは、特別に多い数ではありません。しかしよく考えてみると、ここは実際に夫婦が住んでいた家。夫婦二人で16もの部屋があるお屋敷に住んでいたということになります。
16の部屋
- 絵画の間
- 大客間
- タピスリーの間
- 書斎
- 夫人の化粧室
- 図書室
- 音楽の間
- 温室
- 喫煙室
- 大フレスコ画
- 音楽家のギャラリー
- イタリア美術の間(もとネリーのアトリエ)
- イタリア美術の間(フィレンツェの絵画)
- イタリア美術の間(ベニスと北イタリアの絵画)
- ネリーの寝室
- アンドレの寝室
サロンはお客様を招待して舞踏会が開けるほどの広さがありました。招待客の人数に応じて、可動式のパーテーションを使って、2の「大客間」と7の「音楽の間」を、区切ったり広げたり出来る技術が採用されていました。当時としては画期的でした。
音楽の間の上にあたるのが、11の「音楽家のギャラリー」で、吹き抜けのようになっています。
部屋もすごいし、美術品もすごい。
例えば、夫人の化粧室(化粧室といってもトイレというわけではなく、バスルームなども併設された身繕いのための部屋)には、ルブランの絵画や、ダヴィッドの絵画がさりげなくかかっていました。
「ルブラン」といえば、マリーアントワネットに最も気に入られていた画家ですし、「ダヴィッド」はナポレオンのおかかえ画家です。そんな二人の作品をパウダールームに置いてしまうとは…。
かつて、国王フランソワ一世が、浴室を出たところにレオナルド・ダ・ヴィンチの作品を飾っていた、という逸話がありますが、それと同じような感覚だったのでしょうか。
建物をくぐって入る玄関前の庭は、大きくスペースがとられていて、通りと接する出入り口が2カ所あります。庭に入ってきた馬車は、反対側から抜けて出て行くことが出来たので、舞踏会の夜も渋滞知らずだったそうです。
家で舞踏会を行う一般人って、ホントにいたんだ…。
玄関前には、白いライオンの像が複数ありました。ライオンがお出迎えしてくれるお屋敷に住み、自宅で舞踏会を催す。今に残る邸宅を見学しながら、そんな世界に思いを馳せるのはとても楽しい経験でした。
美術館見学を通して、もっとも私の印象に残ったのは、夫婦のプライベートルームです。
ネリーの寝室とアンドレの寝室の間に、夫婦で使っていた居室があります。その壁には、画家だったネリーが描いたアンドレの肖像画がかけられていました。二人の出会いのきっかけとなった作品です。二人は毎朝そこで朝食をとっていたそうです。
たくさんの著名画家のコレクションを所有する夫婦が、朝食をとる部屋には、自分たちの出会いのきっかけになった絵(それも妻が描いた夫の絵)を掛けていたのを見て、私はこの二人に好感を持ちました。アンドレが亡くなるまでの13年間の結婚生活は、きっと深い愛情や思いやりに満ちていたであろうと想像しました。
実は私は、この美術館を実際に訪れる前は、失礼ながら、財産にものを言わせて、ただひたすら集めただけのコレクションかと思っていました。美術館に入り、その認識が大きく間違っていたことに気付くのに長い時間はかかりませんでした。
アンドレとネリーは、確かな愛情で結ばれた夫婦であると同時に、美術品収集という共通の目的を持った同志でもありました。そんな二人が、深い知識と教養に基づき、情熱をかけて集めたコレクションは、美術ファンでなくても一見の価値があると思います。
ジャックマール・アンドレ美術館 Musée Jacquemart-André
最寄り駅 メトロ9号線 St-Philippe du Roule
オープン 10:00〜18:00 (ティールームは11:45 〜 17:30)
休館 無休
URL https://www.musee-jacquemart-andre.com/fr
ジャックマール・アンドレ美術館周辺のグーグルマップ